東京地方裁判所 平成9年(ワ)13484号 判決 2000年6月21日
原告
野口晴夫
被告
浦上栄太
ほか二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告浦上栄太及び同浦上説子は、原告に対し、連帯して、金五二六万三九二六円及びこれに対する平成八年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告日動火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成九年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 平成八年七月一七日午後八時五〇分ころ
(二) 場所 神奈川県川崎市川崎区宮本町七番地一先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 原告車 原告が川崎タクシー株式会社(以下「訴外会社」という。)の業務として運転していた普通乗用自動車(タクシー)
(四) 被告車 被告浦上栄太(以下「被告栄太」という。)が運転していた普通乗用自動車
(五) 事故態様 原告車がJR川崎駅北口から東扇島方面に向けて進行中、本件交差点手前で赤信号待ちのため停車していたところ、被告車が原告車の後続車である訴外武藤眞次の運転車両(以下「武藤車」という。)に追突し、さらに武藤車が原告車に追突した(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故の結果
(一) 原告の症状と治療状況
原告は、頸部椎間板症(外傷性頸椎症候群)により、川崎市立川崎病院(平成八年八月二七日から同年九月五日まで通院。通院実日数三日。以下「川崎病院」という。)、高山外科(平成八年八月二九日から同年九月三〇日まで三三日間入院、同年一〇月一日から同月三一日まで(通院実日数二五日)及び同年一一月五日から平成九年二月二八日まで(通院実日数五九日)通院。)で、糖尿病により、蒲田総合病院(平成八年一二月二九日から平成九年二月三日まで三七日間入院、平成八年一一月二九日から同年一二月二四日まで(通院実日数八日)及び平成九年二月一七日から現在まで今なお通院中。以下「蒲田病院」という。)で、それぞれ治療を受けた。
(二) 本件事故と原告の症状との因果関係
原告の頸部椎間板症(外傷性頸椎症候群)及び糖尿病はいずれも本件事故に起因するものである。
3 責任原因
(一) 本件事故は被告栄太の前方不注視により発生したものであり、被告浦上説子(以下「被告説子」という。)は原告車の運行供用者である。
(二) 被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動」という。)は被告説子と自賠責保険契約を締結している。
4 損害額の算定
(一) 治療費 一三〇万一四六〇円
(二) 入院雑費 九万一〇〇〇円
(三) 通院交通費 一九八〇円
(四) 休業損害 一一三万九一〇五円
(五) 慰謝料 一八一万円
(六) 弁護士費用 九二万一三八一円
(七) 合計 五二六万三九二六円
5 まとめ
よって、原告は、被告栄太に対して不法行為に基づき、被告説子に対して自賠法三条に基づき、連帯して金五二六万三九二六円及びこれに対する不法行為の日である平成八年七月一七日から、被告日動に対しては自賠法一六条に基づいて金一二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年八月二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら)
1 請求原因1は認める。
2 同2の(一)及び(二)は否認する。
3 同3について
(一) 被告栄太及び同説子
同3の(一)のうち、被告説子が被告車の運行供用者であることは認め、その余は否認する。
(二) 被告日動
同3の(一)は認める。
4 同4はいずれも不知。
理由
一 請求原因1について
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(本件事故の結果)について
(一) 請求原因2(一)(原告の症状と治療状況)
請求原因2(一)は、甲三、六から三二により認められる(蒲田病院の通院は平成九年六月一二日まで)。
(二) 請求原因2(二)(本件事故と原告の症状との因果関係)
甲三、六、一一、一二、原告の本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後に初めて受診した平成八年八月二七日に川崎病院で頸部椎間板症と、同年一一月二九日に蒲田病院で糖尿病とそれぞれ診断されているが、前者は本件事故から四〇日余もの期間を経過した後の受診結果、後者は更にそれ以上の期間を経た後の受診結果であり、本件事故発生から右各受診までの間の原告の身体状況や健康状態の推移が客観的に明確でない上、<1>原告は本件事故当時暴力団金融などから多額の借金があり、その返済のためにほぼ毎日のようにタクシー乗務して稼働する必要があり、本件事故後一週間後ころには痛みが激しくなり、徐々に痛みが拡大していったものの、仕事を休むわけにはいかなかったために治療を受けられず、湿布などして痛みを我慢していた旨主張し、それに沿う供述をするが、右借金に係る事情の存否はさておき、本件事故後の勤務状況は他のタクシー運転手に比べで特に加重であったとまではいえず(甲四八、四九)、本件事故後初診日の平成八年八月二七日までの間に土日を除く平日の休暇が一〇日以上もあったにもかかわらず医療機関に全く受診していなかったことからすると、原告の痛みの症状は果たして実際に存在していたのであろうか、との疑問、<2>原告は以前に人身被害を伴うひき逃げの交通事故に遭遇しており(甲四一、五一、原告本人)、人身事故の場合の被害回復の困難さについて熟知していたと思われるのに、原告は当初本件事故を物損事故としてしか認識していなかったことからすると、原告が本件事故によって受けた衝撃は負傷する程度には至らない軽微なものであったのではないか、との疑問、<3>原告は、本件事故直後に被告栄太が全責任を負うと述べ、それは治療費も含め全面的に責任を負担するものと認識したと供述するが(本人尋問調書一四頁)、そのような認識を持ったのであれば、自らの身体状況を気にかけ、速やかに医療機関に受診したはずであるのに長期にわたってこれを実行しなかったこと、本件事故により原告車は損傷しており、それゆえ勤務先の訴外会社の事故処理担当者に事故状況の一部始終を報告していたと考えられるが、その際又は本件事故後右通院開始までの間に、原告は労災給付手続等人損の回復に関する件を同担当者又は労災手続担当者に相談するなどのやりとりをした様子がうかがえないことからすると、右同様、原告の受けた衝撃は負傷する程度には至らない軽微なものであったのではないか、との疑問、<4>原告は本件事故当時糖尿病に罹患していなかった旨主張して甲四〇を提出するが、これは本件事故の一年六か月以上も前の平成六年一二月時点での身体状況を示すものに過ぎず、かえって、例えば労働安全衛生法に定められた訴外会社における健康診断(少なくとも右時点以降になされているはずである。)の結果等を提出していないことからすると、原告の本件事故時における健康状態は右時点でのそれとは異なっているのではないか、との疑問がそれぞれ生じ、また、<5>原告の担当医であった高山襄医師は原告の外傷性頸椎症候群と本件事故との因果関係について肯定的な見解を述べているが、その趣旨は、高山外科に受診する前に原告に加えられた外的な物理的要因が本件事故のみであることを前提としたものであって、その事実関係が明らかでない以上同医師の見解は全く無意味であるし、また、佐藤信行医師は糖尿病と本件事故との因果関係を必ずしも肯定的にとらえていないことをも考慮すると、原告の頸部椎間板症(外傷性頸椎症候郡)及び糖尿病が専ら本件事故によって発症したものであり、他の要因が介在しないと特定するには、前示のとおりの合理的な疑いがなお残るのであって、これを、主張立証責任を負う原告が客観的かつ合理的な証拠によって払拭することができない以上、原告の右症状が本件事故に起因すると認定することはできないといわざるを得ないのである。
よって、請求原因2の(二)には理由がない。
五 結論
以上によれば、請求原因3(一)、4を検討するまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文とおり判決する。
(裁判官 渡邉和義)